僕は何かを始めるとき、いつも最初に高い基準を作っていました。
筋トレをするなら、毎日30分は取り組む。
副業をするなら、仕事後に最低2時間は作業する。
本を読むなら、最初から最後まで読み、内容もきちんと理解する。
ブログを書くなら、検索者の疑問を網羅し、読みやすく整えた記事を完成させる。
中途半端にやりたくなかったんです。
どうせ時間を使うなら、意味のあるものにしたい。
適当に始めて、何も変わらないまま終わりたくない。
だから僕は、
どうせやるなら、ちゃんとやろう
と考えていました。
ところが、その「ちゃんと」が原因で、行動できない日が増えていきました。
仕事で帰宅が遅くなり、筋トレに使える時間が10分しかない。
ブログを書こうとしても、記事を完成させるほどの集中力が残っていない。
本を開いても、数ページしか読めそうにない。
そんな日は、
今日は満足にできないから、時間のある日にやろう
と何もしませんでした。
やる気がなかったわけではありません。
少しならできた日もありました。
それでも、予定した量をこなせないなら意味がないと思い、自分から行動をゼロにしていたんです。
以前の僕は、習慣が続かないのは意志が弱いからだと思っていました。
しかし振り返ると、本当の問題は別のところにありました。
行動するたびに、自分が決めた理想どおりにできるかを試験していたことです。
この記事では、「ちゃんとやる」にこだわるほど筋トレやブログが続かなかった僕が、何を変えたのかを紹介します。
先に結論|完璧主義で続かないのは、毎回の行動に完成度を求めるから
完璧主義で習慣が続かないのは、目標が高いことだけが原因ではありません。
僕の場合は、行動を始める基準と、最終的に目指す品質を同じにしていたことが問題でした。
例えば、ブログの最終目標が「読者の役に立つ記事を公開すること」だったとしても、一回の作業で完成させる必要はありません。
最初の日は体験を書き出す。
次の日に構成を整える。
その後に文章を直し、最後に誤字や内部リンクを確認する。
本来は、このように途中の不完全な状態を通って完成へ進みます。
しかし僕は、最初に文章を書く段階から、
・この内容で検索者の答えになっているか
・言い回しは自然か
・情報が足りなくないか
と、公開前の確認まで同時に行っていました。
その結果、一文書くたびに止まり、作業がなかなか進みません。
筋トレでも同じです。
体を動かすことが目的なのに、毎回決めた種目と時間をすべてこなせなければ、実施したことにならないと考えていました。
僕に必要だったのは、最終的な目標を諦めることではありませんでした。
今日の行動へ求める完成度を、最終目標から切り離すことでした。
完璧主義で習慣が続かない人に起こりやすいこと
完璧主義というと、細かいところまで丁寧に取り組める長所のようにも見えます。
実際、質を大切にすること自体が悪いわけではありません。
問題になるのは、理想の基準を満たせないときに、行動そのものをやめてしまうことです。
以前の僕には、次のような傾向がありました。
| 状況 | 当時の考え |
|---|---|
| まとまった時間がない | 少しだけやっても意味がない |
| 正しい方法が分からない | もっと調べてから始めよう |
| 疲れて集中できない | 中途半端になるから今日はやめよう |
| 下手な文章しか書けない | もっと考えがまとまってから書こう |
| 予定した量に届かない | 今日の取り組みは失敗だった |
| 成果がすぐ出ない | 方法が間違っているのかもしれない |
共通していたのは、
理想どおりにできるか分からないなら、行動しない方がいい
という判断です。
何もできなかったわけではありません。
合格できる条件が厳しすぎて、自分から不合格にしていました。
僕が「ちゃんとやる」で止まっていた4つの場面
1.始める前に、正解を探し続けていた
新しいことを始めるとき、僕はすぐに行動せず、まず正しい方法を探していました。
筋トレなら、初心者向けのメニュー、回数、フォーム、頻度を調べる。
ブログなら、キーワード、競合、記事構成、文字数、タイトルの付け方を調べる。
調べること自体は必要です。
ただ、僕は情報を集めるほど、
・別の方法の方がいいかもしれない
・間違った方法で始めたら時間を無駄にする
・もう少し理解してから取り組もう
と考えるようになりました。
その結果、準備だけは進むのに、実際の行動は始まりません。
正しい方法が決まってから行動するつもりでしたが、どれだけ調べても不安は完全にはなくなりませんでした。
僕は失敗を避けるために準備しているつもりで、実際には、失敗する可能性のある場所へ出ないようにしていたんです。
2.少ししかできない日は、最初から何もしなかった
以前は、予定した量をこなせる日だけ行動していました。
筋トレを30分する予定なら、10分しか使えない日はやらない。
ブログを一つの見出しまで書く予定なら、数行しか書けそうにない日は編集画面を開かない。
本を30ページ読む予定なら、寝る前に5分しかない日は読まない。
当時は、
中途半端に始めても、たいして進まない
と思っていました。
しかし実際には、10分の筋トレや数行の文章が問題だったわけではありません。
何もしない日を増やすことで、次に始めるときの抵抗が大きくなっていました。
少ない行動では成果が出ないと考え、成果につながる可能性まで自分でゼロにしていたんです。
3.作業しながら、自分の出来を評価していた
ブログを書くとき、僕は一文書くたびに読み返していました。
言い回しを直す。
同じ言葉が続いていないか確認する。
本当に読者の答えになっているか考える。
また一文書き、すぐに修正する。
文章を書く作業と、完成度を評価する作業を同時に行っていたため、なかなか先へ進みませんでした。
筋トレでも、
・今日の量で意味があるのか
・前回より回数が少ない
・こんな内容で体が変わるのか
と、取り組んでいる最中に結果を評価していました。
本来、行動中に必要なのは目の前の作業です。
しかし僕は、作業する自分と採点する自分を同時に動かしていました。
これでは、少しうまくいかないだけで止まりやすくなります。
4.できたことより、足りなかったことを見ていた
実際に行動できた日も、僕は素直に合格にできませんでした。
ブログの本文を進めても、
本当は今日中に完成させる予定だった
と考える。
筋トレを20分しても、
30分できなかった
と考える。
本を20ページ読んでも、
予定より10ページ少なかった
と考える。
できた量ではなく、理想との差を見ていたんです。
そのため、行動しても達成感が残りません。
頑張った日の後にも「足りなかった」という感覚が残り、習慣が少しずつ苦しいものになっていきました。
毎回採点され、毎回不合格になる行動を、続けたいと思えないのは当然でした。
完璧主義をやめるために、僕が変えた5つの基準
僕は完璧主義な性格そのものを直そうとするのをやめました。
「細かいことを気にしない人になろう」と考えても、急に気にならなくなるわけではありません。
そこで、性格ではなく、行動するときのルールを変えました。
1.「始める基準」と「完成させる基準」を分けた
以前は、完成できる見込みがないと始めませんでした。
今は、始める基準を最終的な完成条件から切り離しています。
ブログなら、
- 始める基準:編集画面を開き、前回の文章を読む
- 今日の作業:体験を一つ書き出す
- 完成基準:構成、文章、情報、誤字、内部リンクを確認して公開する
というように分けます。
筋トレなら、
- 始める基準:着替えて、最初の種目を始める
- 今日の作業:体調と時間に合わせた内容を行う
- 長期的な目的:運動を継続して体を変える
です。
始める時点で、最終結果まで保証する必要はありません。
開始時に求めるのは、完成度ではなく最初の動作だけにしました。
2.その日の合格条件を、始める前に決めた
以前の僕は、作業が終わった後に合格かどうかを判断していました。
そのため、取り組んだ後で、
- もう少しできたはず
- これでは少なすぎる
と基準を動かしていました。
そこで、作業を始める前に、その日の合格条件を決めます。
例えばブログなら、
今日は導入文の体験部分を書けたら終了
筋トレなら、
今日は決めた三種目を行ったら終了
疲れている日なら、
今日は記事に入れる体験を箇条書きで三つ書けば終了
とします。
始める前に決めた条件を満たしたら、それ以上できなくても合格です。
余力があれば続けても構いません。
ただし、終わった後に合格ラインを勝手に上げないようにしました。
3.「作る時間」と「直す時間」を分けた
特にブログでは、この変更が大きかったです。
以前は、最初の文章から完成品を作ろうとしていました。
今は、作業を段階に分けています。
書き出す段階
- 自分の体験を思い出す
- 言いたいことを最後まで出す
- 文章のきれいさは後回し
- 空いている部分があっても先へ進む
整える段階
- 検索者の疑問に答えているか確認する
- 重複や不要な文章を削る
- 見出しと本文のズレを直す
- 読みにくい表現を整える
公開前の段階
- 誤った内容がないか確認する
- タイトルやメタディスクリプションを整える
- 内部リンクや表示崩れを確認する
下書きが粗いことは、失敗ではありません。
下書きは、後から直すための材料です。
質を捨てたのではなく、質を求めるタイミングを最後へ移しました。
4.準備する時間に上限を作った
完璧主義だった僕は、調べ始めると終わりがありませんでした。
ブログの記事を書く前に競合を何件も読む。
タイトル候補を何度も作り直す。
構成を決めても、別の切り口が気になってまた調べる。
そこで、
- 準備は30分まで
- 候補は三つまで
- 迷ったら仮の案で始める
というように、準備へ上限を作りました。
正解を見つけてから進むのではなく、仮の答えで一度進みます。
実際に書いてみると、調べているだけでは分からなかった問題が見えてきます。
始める前にすべて決めようとするより、
①動く
②問題が分かる
③必要な部分だけ調べる
④修正する
と進めた方が、結果的に無駄な情報収集が減りました。
5.「理想との差」ではなく「次へ進んだか」を確認した
以前は、一日の終わりに、
予定どおりにできたか
だけを確認していました。
今は、
次の作業が始めやすい状態になったか
も確認します。
例えば記事を完成できなくても、
- 構成が決まった
- 導入文を書いた
- 次に書く見出しが分かった
- 必要な体験をメモした
なら、次へ進んでいます。
筋トレも、予定した内容をすべてこなせなくても、
- 体を動かした
- 無理な計画だと分かった
- 次回の量を調整できた
なら、行動には意味があります。
毎回大きな成果を出すことより、次の一回へつながる状態を残すことを重視するようになりました。
基準を下げたら、質まで下がるのではないか
完璧主義を緩めようとすると、
- 基準を下げたら、適当なものしか作れなくなる
- 少しやっただけで満足したら、成果が出なくなる
という不安がありました。
僕も、ブログでは特にそう感じていました。
読者の役に立たない記事を公開したくない。
検索者の答えが足りない記事にしたくない。
間違った情報を書きたくない。
だから「60点で出せばいい」と言われても、素直には納得できませんでした。
しかし、行動の基準を下げることと、最終成果の品質を下げることは別です。
例えば、下書きは粗くてもいい。
ただし、公開前には内容を確認する。
短時間しか作業できない日は、記事を完成させなくてもいい。
ただし、完成させる段階では必要な修正を行う。
僕が下げたのは、記事そのものの品質ではありません。
毎回の作業で完成品を作らなければならないという基準です。
最初の一歩を軽くし、最後の確認は丁寧にする。
この分け方なら、質を大切にしながら行動を止めずに済みました。
「ちゃんとやる」をやめても、適当になる必要はない
僕は今でも、細かい部分が気になります。
記事を書けば何度も読み返します。
ほかの記事と重なっていないか考えます。
タイトルが検索者の疑問に合っているか悩みます。
完璧主義が完全になくなったわけではありません。
変えたのは、丁寧さを使う場面です。
| 丁寧さを弱める場面 | 丁寧さを使う場面 |
|---|---|
| 最初の着手 | 公開前の確認 |
| 体験の書き出し | 内容の正確さ |
| 仮の構成づくり | 読者が迷う部分の修正 |
| 新しい方法を試す段階 | 最終的な仕上げ |
| 時間が少ない日の作業 | 大切な判断 |
最初から最後まで自分を厳しく採点するのではなく、仕上げる段階にだけ丁寧さを使います。
僕にとって完璧主義をやめるとは、雑になることではありませんでした。
丁寧にする順番を変えることでした。
それでも行動できない日に確認すること
対処法を知っていても、どうしても行動できない日はあります。
そのときに、
また完璧主義が出た
自分は変われていない
と責めると、今度は「完璧主義を完璧に直す」という新しい課題ができます。
行動できない日は、次の順番で確認します。
何を完成させようとしているか
今日一回の作業で、目標全体を終わらせようとしていないか。
最初の動作は決まっているか
「ブログをやる」「筋トレをする」ではなく、最初に何をするか決まっているか。
今日の合格条件は決まっているか
どこまで進めば終わっていいのか分かっているか。
作業と評価を同時にしていないか
動きながら、自分の出来を採点していないか。
この四つを確認すると、単にやる気がないのではなく、行動の条件を重くしすぎていることがあります。
一日休んだ後に全部やめてしまう場合は、戻り方を別に決める
完璧主義があると、
毎日できなければ意味がない
以前と同じ量ができなければ再開ではない
と考えやすくなります。
ただし、すでに一度途切れた習慣をどう再開するかは、この記事では詳しく扱いません。
この記事の中心は、普段の行動を始める前や、取り組んでいる途中で「ちゃんとできない」と止まる問題です。
一日休んだ後、休んだ分を取り返そうとして戻れなくなる場合は、こちらの記事で再開用メニューや期間別の戻り方を整理しています。
👉一日サボると全部やめてしまうのはなぜ?習慣を再開できた僕の立て直し方
今日から変えるなら「完成条件」ではなく「着手条件」を決める
完璧主義を一度に直そうとする必要はありません。
まず、今続けたいことを一つ選びます。
そして、最終的に目指す結果ではなく、今日始めるための条件を決めます。
| 続けたいこと | 最終的な目標 | 今日の着手条件 |
|---|---|---|
| ブログ | 読者の役に立つ記事を公開する | 編集画面を開き、体験を一つ書く |
| 筋トレ | 運動を継続して体を変える | 着替えて最初の種目を始める |
| 読書 | 本の内容を生活で役立てる | 1ページ読み、残ったことを一文書く |
| 副業 | 収益につながる仕事を作る | 今日進める一作業を決める |
| 勉強 | 必要な知識を身につける | 教材を開き、前回の内容を確認する |
最終目標を小さくする必要はありません。
大きな目標を持ったまま、今日の入口だけを軽くします。
完璧にできる日を待つのではなく、完璧ではない状態から完成へ近づける。
そのための最初の動作を決めます。
まとめ|続かなかったのは、真剣ではなかったからではない
僕が完璧主義で習慣を続けられなかったのは、やる気や本気が足りなかったからではありませんでした。
むしろ真剣だったからこそ、
- 正しい方法で始めたい
- 予定した量を全部こなしたい
- 中途半端な成果を出したくない
- 少ない行動で満足したくない
と考えていました。
しかし、毎回の行動に完成度を求めると、まとまった時間や十分な集中力がない日は始められません。
実際に行動できても、理想との差ばかり見ていれば達成感も残りません。
そこで僕は、
- 始める基準と完成させる基準を分ける
- その日の合格条件を事前に決める
- 作る時間と直す時間を分ける
- 準備する時間に上限を作る
- 理想との差ではなく、次へ進んだかを見る
ようにしました。
完璧主義を完全に直せたわけではありません。
今でも「もっとちゃんとやりたい」と思います。
それでも以前より行動できるようになったのは、
完成できる日にだけ始める
という基準をやめたからです。
「ちゃんとやる」を諦める必要はありません。
今日一回の作業ですべてをちゃんとやろうとせず、完成までの最後に丁寧さを使えばいい。
完璧主義をやめるのではなく、完璧を求める場所を変える。
それが、何を始めても途中で止まっていた僕が変えたことでした。
何を始めても同じように三日坊主になる原因全体を確認したい人は、こちらの記事も参考にしてください。


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